Glossary
家父長制は、社会や家庭で男性が主導的な地位を占め、女性や性別マイノリティが二次的な地位に置かれる体制です。これにより、教育、職業選択、身体の自主性、政治参加など、多くの領域で女性の権利と機会が制限されます。フェミニズムはこの体制の撤廃を目指し、全ての性別に対する平等と自由を追求しています。
上野千鶴子『家父長制と資本制』(岩波文庫)を参照しますと、「パトリアーキー」とは年長男性が富と権力を握って若年男性や女性を管理・支配するシステムのことであり、それは非常に長い歴史をもつとわかります。
フェミニズムが否定する家父長制(パトリアーキー)は、男性が社会や家庭の主要な権力を持ち、女性を従属的な地位に置く社会的な構造や制度を指します。この家父長制にはいくつかの問題点がありますが、主なものは以下の通りです。
1. ジェンダー不平等の強化
家父長制は、男性が主に権力を持ち、女性が従属するという性別に基づく不平等を前提としています。これにより、女性は教育、仕事、政治的な地位などの面で男性と同等の機会を得ることが難しくなります。このような不平等は、社会全体の公正さを損ない、多様性と包摂性の欠如を招きます。
2. 性別役割の固定化
家父長制は、男性はリーダーシップを取るべきであり、女性は家庭や子育てに従事すべきだという性別役割の固定観念を助長します。この固定観念は、個人の自由な選択を制限し、男性も女性も自分の望むキャリアやライフスタイルを追求することが難しくなります。例えば、女性が仕事を持ちながら家庭を持つ選択をする際に直面する多くの社会的および経済的な障壁は、家父長制によって強化されるものです。
3. 女性に対する暴力の容認
家父長制は、男性の権力を正当化する一方で、女性に対する暴力や抑圧を見過ごしたり、正当化したりすることが多いです。これは家庭内暴力、性的暴行、ハラスメントなどの形で現れます。このような暴力は、女性の身体的および精神的な健康に深刻な影響を及ぼし、さらに女性の権利を侵害します。
4. 政治・経済的権力の独占
家父長制のもとでは、政治や経済における意思決定の多くが男性によって行われ、女性の声が軽視されることが多いです。これは政策の策定や施行において、女性のニーズや視点が反映されにくくなることを意味します。また、経済的な場面でも、女性はしばしば賃金格差や雇用差別に直面し、経済的自立が難しくなります。
5. 社会的進歩の阻害
家父長制は、社会の進歩や発展を阻害する要因となることがあります。例えば、ジェンダーの多様性や包括性が欠如することで、組織や社会全体のイノベーションや効率性が低下する可能性があります。さらに、ジェンダー平等の実現が遅れることで、持続可能な開発目標(SDGs)の達成にも支障をきたします。
フェミニズムは、これらの家父長制の問題点を批判し、ジェンダー平等を推進するために、社会の構造を変革する必要があると主張しています。フェミニズムの視点から見ると、家父長制は社会的、経済的、政治的な不平等を生み出す根本的な原因であり、それを解体することが平等で公正な社会の実現に不可欠とされています。
家制度とはなにか?
日本における「家」制度と「家父長」は、伝統的な家族構造および社会的な仕組みを指します。これらは特に近世から近代にかけて強固な形で存在しており、社会全体に大きな影響を与えてきました。
1. 「家」制度とは?
「家」(いえ)制度は、日本の伝統的な家族制度であり、家族を一つの経済的および社会的な単位とする考え方に基づいています。ここでの「家」は、現代の核家族的な「家庭」とは異なり、複数の世代が同居する拡大家族や、一つの家族に従属する人々(例えば、使用人や養子)を含む広範な意味を持っています。「家」は単に居住場所や家族を指すのではなく、土地や財産、職業、伝統、祖先の霊を守る一つの社会的単位とみなされていました。
「家」制度においては、「家」を存続させることが重要とされ、特に「家名」や「家系」を守ることが重視されました。家長(家の長)は、家族の全員を代表して「家」を運営する責任を持ち、その権威は非常に強固なものでした。
2. 「家父長」とは?
「家父長」(いえふちょう、かふちょう)は、「家」の長として家族全体を統括する男性のことを指します。家父長は「家」の存続と繁栄の責任を持ち、家族の財産管理、子どもの結婚、祭祀の主催など、あらゆる面で権限を持っていました。特に、明治時代に制定された民法(1898年施行)においては、家父長の権利と義務が法律で明確に規定され、「家」制度が法的に強化されました。
家父長制度においては、家長である男性が絶対的な権力を持ち、家族内の全ての決定を下す権限を持っていました。この権威の下では、妻や子ども、他の親族の意見や意思は従属的な立場に置かれることが多く、特に女性や若者の権利は制限されがちでした。
3. 家制度と家父長制の社会的・文化的影響
日本の家制度と家父長制は、社会的および文化的な影響を広く及ぼしてきました。これらの制度は、封建的な身分制度や農村共同体の維持といった社会構造に深く根ざしており、また日本の家族観や人間関係のあり方にも強く影響を与えています。
特に、家制度は日本の結婚、相続、財産分与の慣習に大きな影響を及ぼし、現代でも一部の価値観や慣習にその名残が見られます。また、家父長制は、男性中心の社会構造を強化し、女性や若者の社会的地位や権利の制限を正当化する基盤となっていました。
4. 家制度の変遷と現代の状況
戦後の1947年に民法が改正され、旧家制度は廃止されました。新民法は個人の権利を重視し、家族内での平等を促進することを目指しました。この改革により、家制度の下での家父長の絶対的な権限は撤廃され、家族内のすべてのメンバーが平等な権利を持つとされました。しかし、社会的・文化的な影響は完全には消え去らず、伝統的な家制度や家父長制の価値観が今も一部で続いている地域や家族も存在します。
現代の日本におけるフェミニズムの運動の一環として、このような旧家制度や家父長制の影響を批判し、ジェンダー平等の実現を目指す動きがあります。社会全体としても、より多様で平等な家族の在り方が模索されています。
男系天皇制と家制度、さらに明治政府の富国強兵政策の関係は、日本の近代化過程において密接に絡み合っています。これらの要素は、それぞれが日本の社会構造や国家統治の基盤を形成し、近代日本の発展に重要な役割を果たしました。
明治政府の富国強兵と家制度・男系天皇制の関係
1. 男系天皇制と家制度の関係
男系天皇制は、天皇の血統が父系(男系)を通じて継承される制度です。この制度は、古代から続く日本の皇室の伝統であり、天皇の血統を男系に限ることで、皇統の純潔性と正統性を維持することを目的としています。
家制度(いえせいど)は、日本の伝統的な家族制度であり、家(いえ)を一つの社会的・経済的単位とし、家長(通常は男性)が家族全体を統率するものです。家制度の下では、家督相続は通常、男系(長男)により行われ、家の継続と安定を図るために厳格なルールが設けられていました。
男系天皇制と家制度の共通点は、「血統の純潔性」と「家の継続性」を重視する点にあります。天皇制が男系によって維持されていることは、家制度の基本的な考え方と一致しており、家制度における男系相続の概念と親和性が高いとされます。このような背景から、天皇制と家制度はお互いに支え合いながら、伝統的な日本の社会構造を形成してきました。
2. 明治政府の富国強兵と家制度・男系天皇制の関係
富国強兵は、明治政府が掲げた政策で、日本を近代国家として発展させ、強い軍事力を持つ国にすることを目的としていました。この政策の達成には、社会の安定と統一が不可欠であり、そのために伝統的な家制度と天皇制が利用されました。
a. 家制度と富国強兵
明治政府は、家制度を社会の基盤として維持し、それを富国強兵の政策に組み込むことで、国家の安定を図りました。家制度の下で、家族は「小さな社会」としての役割を果たし、家長が家族を統率することで、国家全体の秩序が保たれると考えられました。家制度を強化することで、国民一人ひとりが国家の一部として忠誠を尽くし、国を強くするために必要な労働力や兵力として貢献することが期待されました。
また、家制度に基づく家族の忠誠心や秩序が、そのまま国家への忠誠心や秩序維持に繋がると考えられました。家制度の維持は、国家の基盤としての家族の安定を意味し、それにより国力の強化を図ったのです。
産まれる男子は、兵士、または平時は労働力として、生まれる女子は、兵士・労働力を生産する装置として位置づけられ、埋めよ増やせよが富国強兵の中心テーマになったのです。
b. 男系天皇制と富国強兵
明治政府は、天皇を国家の象徴とし、国民の統合の中心に据えることで、国民の一体感を高めようとしました。天皇制は、日本の伝統と歴史を象徴するものであり、その正統性と権威を維持するために、男系天皇制が強調されました。
天皇が男系によって継承されることは、皇統の純潔性と国家の永続性を象徴するものであり、国民の心を一つにまとめる重要な要素とされました。明治憲法(大日本帝国憲法)においても、天皇は「神聖不可侵」であり、統治権の総攬者とされていました。これは、富国強兵政策の一環として、天皇の存在を国民の精神的支柱とし、国家への忠誠心を高める狙いがありました。
3. 総合的な関係性
明治政府は、富国強兵を推進するために、家制度と男系天皇制を国家の基盤として利用しました。家制度は、国民の統制と社会秩序を維持するための制度として強化され、一方で男系天皇制は、国家の象徴としての天皇の正統性と権威を高めるために維持されました。このように、家制度と男系天皇制は、明治政府の国家建設と近代化政策において相互に補完し合う形で機能しました。
家制度と男系天皇制を国家の中核に据えることで、明治政府は富国強兵政策を効果的に推進し、日本の近代化と国力の強化を実現しました。この過程で、伝統的な社会構造と近代的な国家体制が融合し、日本独自の近代国家が形成されたと言えます。
日本における家制度の歴史を教えてください
日本における家制度(いえせいど)は、特に江戸時代から明治時代にかけて強く根付いていた家族構造や社会制度の一つです。家制度は、家という単位を基盤として、家族の継承や財産管理を行う仕組みであり、家長(通常は男性)が家族全体を統率する役割を果たしていました。以下に、日本における家制度の歴史とその変遷を簡単に説明します。
1. 古代から中世(奈良時代から室町時代まで)
古代日本においては、家族は主に血縁関係に基づくものであり、「家」という概念はまだ発展途上でした。この頃には女性の豪族が存在したことをが記録にのこっています。その後、中国から律令制が輸入され、租税をはっきりするため、家制度的なものが明確になっていき、その代表を男性がになうようになってきます。奈良時代や平安時代には、氏(うじ)や部(べ)という単位が存在し、これらが共同体としての役割を果たしていました。中世になると、武家社会の台頭に伴い、家は戦闘集団としての役割を持つようになり、家名や家格が重視されるようになりました。
2. 江戸時代(1603年 – 1868年)
江戸時代に入ると、家制度はより厳格なものとなり、法的にも強化されました。徳川幕府は、武士階級を中心に家制度を統制し、家督相続や家名の維持が強調されました。この時期の家制度は、封建的な身分制度と深く結びついており、農民や町人階級においても家制度が浸透していきました。
- 家督相続: 長男が家督を継ぐという考え方が一般的でした。これは、家の財産を分割することなく維持するためのものでした。
- 女性の地位: 家制度のもとで、女性は家の存続のための手段として見られることが多く、結婚や離婚も家の利益に基づいて決められることがありました。
3. 明治時代(1868年 – 1912年)
明治維新後、日本は西洋の法体系を導入し、近代国家を目指しました。しかし、家制度は「明治民法」(1898年施行)によって法的に確立され、家長権が強化されました。これにより、家は法律上の単位となり、家長が家族全員を統率する権利と義務を持つことが明確にされました。明治民法では、特に長男相続制度が強調され、家の維持と存続が法律によって保障されました。
4. 戦後(1947年以降)
第二次世界大戦後、日本は連合国軍の占領下で新しい憲法を制定し、1947年には「日本国憲法」が施行されました。この新憲法の下で、家制度は廃止され、個人の尊厳と平等が重視されるようになりました。また、同じ年に改正された「民法」では、家制度を基盤とした家族法が全面的に見直され、家長権や長男相続制度は撤廃され、男女平等の理念が導入されました。
- 個人の尊重: 新しい民法は、家族の構成員一人ひとりの人権を尊重することを基本原則とし、家族の中でも個人の自由と権利が保障されるようになりました。
- 平等な相続: 相続においても、長男がすべてを継ぐのではなく、全ての子供に平等な相続権が与えられました。
5. 現代の日本社会
現代の日本において、家制度は法的には存在しませんが、その影響は文化や社会慣習の中に残っています。例えば、結婚後に夫の姓を名乗る慣習や、家族構成に対する社会的期待(例:世帯主の概念)は、家制度の名残と考えることができます。
日本の家制度は、社会の変化とともにその形を変えながらも、長い間日本の社会構造に深く根付いていた制度であり、その影響は今なお感じられることがあります。
ZIEN
フェミニズムにおいて、否定すべきものは、「性差別(性加害を含む」と「家父長制」の2つです。全ての男性が性差別をするわけではないですが、家父長制については、意識せず行っている可能性を感じますよね。
Glossaryでは、色んな側面から家父長制をみましたが、女の視点からまとめて見ると、次ぎのようなものが家父長制だと思います。
- 社会的役割の固定:要するに家庭内で家事や育児を負担するのはなぜ私たちなのかということです。職場おお茶くみも同様です
- 性的な抑圧: 女性の性的自由が制限され、性暴力やハラスメントといった性的対象としてみられていることです
- 経済的な不平等: 女性が男性より低賃金で、そのため経済的自立が妨げられ、家庭への経済的依存を強いることになります。
- 政治的な抑圧: 女性の政治的参加が乏しいのはジェンダーギャップ指数を見ると明らかです。
- 文化的な圧力: 綺麗でなければならない、可愛くなければならないい、おしとやかでなければならないという文化的圧力があります
これらに対抗するには
- 家事労働をパートナーに分担させたり、アウトソーシングする
- SRHR(性の自己決定権)を意識した対等な性的関係をもち、性犯罪やハラスメントを取り締まり厳罰化する
- ジェンダー平等を実現し、男女の給与格差を無くす。ライフステージにあった働き方ができるようにする
- 女性政治家を増やす
- ボディ・ポジティブや脱コルによって今の自分を愛することを推奨し、流行に流されたり、華美なルッキズムを否定する
ってところなんでしょうか。
当たり前のことなんですが、女がなににも縛られず、自分らしく生き、それがきちんと評価される社会。それが家父長制を破壊した社会なんです。
しかしGlossaryにかいてあるように、家父長制の裏には、男系天皇制と富国強兵、伝統的家族といった(宗教)右派の主要な信条があります。実はきわめて宗教論争なのです。保守は家族に介在し、女を家庭に縛りたいのです。そうしなければ、戦争に行く兵士(男性)を産まないし、兵士を生産する装置(女性)を産まないからです。かれらは頭が明治維新で止まってます。
これらに抵抗するには、結婚をしない、事実婚を続ける、子どもを産まない、キャリアしがみ付く という選択をしたフェミニストも多いです。しかし子どもって可愛いから産むものじゃないけど、親友より親友になれる誰かを、自分で産み育てることって、とても幸せであることは、わたしは実感しています。小さい子どもも可愛いけど、大きく育った子どもも頼りになるし、やっぱり可愛い。
家父長制でいう「家」制度は、明治以前と以降では、実はちょっと意味がかわってます。明治以前は「家」とは「氏」であり、それなりに家柄のある家にだけあったものです。大衆にまで家父長制があったわけではないのです。そもそも古代には女豪族も居たのです。
それなのに、たかが150年程度の制度を守っているのは、高齢男性だけでなく、高齢の女性もです。
もしあなたの親が家父長制に縛られているのなら、その家を飛び出るのもひとつの生き方だとおもいます。
すべて自己責任でやっていくことを、簡単には言えませんが、ずっと子を産むことだけを期待されて生きていくなんて、考えただけでも辛いです。
みんなで家父長制をどうやったらぶっ潰せるか考えて見ましょう。
わたしは、政治や管理職に女性がもっと進出することじゃないかなって思ってます
あとはパートナーを教育!