共同で所有し、共同で管理される資源とその仕組み。国家所有でも私的所有でもない、第三の領域を指す。

長らく、共有資源は必ず過剰利用されて崩壊すると考えられてきた。ギャレット・ハーディンが1968年に提示した「共有地の悲劇」である。これに実証で反論したのが政治学者エリノア・オストロムだった。スイスの高地牧草地、スペインの灌漑組合、日本の入会地——数百年壊れずに続いてきた共同管理を世界中から集め、そこに共通する設計原理を抽出した。境界の明確さ、当事者によるルール形成、段階的な制裁、入れ子構造などである。

近年は、マルクスの再読を通じて、水・電力・住宅・知識といった生活基盤を〈富〉として共同管理する構想としても論じられる。日本には入会や総有という、共同体が集団として所有し個々の構成員が持分を持たない法制度が実在しており、輸入概念ではない足場がある。

ただし課題も残る。オストロムの原理は、成員が互いを識別できる規模でこそ働く。数千万人が使う社会基盤に、そのまま拡大できるわけではない。

→ 脱成長/ミュニシパリズム/ベーシックサービス/ケアの倫理

参考文献

  • エリノア・オストロム『コモンズのガバナンス 人びとの協働と制度の進化』原田禎夫・齋藤暖生・嶋田大作訳、晃洋書房、2022年
  • 斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、2020年
  • ピーター・ラインボー『マグナカルタ・マニフェスト』間宮陽介・鎌田真弓訳、航思社、2015年

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