第二波フェミニズムを象徴する標語。私的な領域とされてきた家庭、性、身体、感情のなかにこそ権力関係があるという主張である。

出所はキャシー・ハニッシュが1969年に書いた文章で、翌1970年に刊行された際に編者がこのタイトルをつけた。書かれた事情がおもしろい。当時、コンシャスネス・レイジングは「あれはただのグループ・セラピーであって、政治運動ではない」と批判されていた。ハニッシュはそれに反論するためにこの文章を書いた。セラピーは治すべき病を前提にする。だが女たちは病んでいない。悪いのは状況のほうだ——というのが論旨である。

つまりこの標語は、もともと「個人の悩みを政治の問題として読み替えよ」という主張だった。家事の分担、避妊、夫の暴力、職場での扱い。それらは性格の不一致ではなく、制度の産物である。

現在、この言葉は別の意味でも使われる。「あなたの日々の選択はすべて政治的だ」という方向の読み方である。何を買うか、誰と暮らすか、どう装うか。それ自体は間違いではないが、行きすぎると個人の生き方を採点する物差しになり、構造の話が消える。ハニッシュ自身、後年この誤読に異議を唱えている。

矢印の向きが逆なのだ。個人を政治で裁くのではなく、個人の経験から政治を見つけ出すための言葉だった。

→コンシャスネス・レイジング →ウーマンリブ →第二波フェミニズム(second-wave feminism) →ケアの倫理(ethics of care) →抑圧

参考文献

  • Carol Hanisch, “The Personal Is Political” (Notes from the Second Year, 1970/2006年の著者による前書き付き版)
  • 井上輝子『日本のフェミニズム——150年の人と思想』(有斐閣、2021年)
  • 岡野八代『フェミニズムの政治学——ケアの倫理をグローバル社会へ』(みすず書房、2012年)

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