具体的な誰かの生や身体への関心と配慮によって成り立つ、人と人との関係の領域。政治学者の齋藤純一は、共通の関心事をめぐって見知らぬ者どうしが言葉を交わす公共圏に対して、この語を置いた。
重要なのは、親密圏が家族と同じではない、という点である。両者はしばしば重なるが、家族であっても親密圏が成り立たない関係はあるし、友人、元恋人、介護をともにする隣人、支援の現場でできたつながりのように、法的な家族の外側に親密圏が生まれることもある。家族という制度は、その一部を切り取って国家が承認しているにすぎない。
この区別が効いてくるのは、制度の設計を考えるときだ。医療の同意、住まい、相続、社会保障といった仕組みの多くは、法律上の家族を単位に組み立てられている。ケアを実際に担っている関係が、そこに含まれない場合がある。同性カップルやパートナーシップ制度をめぐる議論も、この隙間をどう埋めるかという問題として読むことができる。
誰かを大切に思う関係を、国家はどこまで承認すべきなのか。あるいは、承認しないままでよいのか。
→近代家族 →日本国憲法24条 →ケアの倫理 →単身者・おひとりさま・シングル
参考文献
- 齋藤純一『公共性』岩波書店、2000年
- 齋藤純一編『親密圏のポリティクス』ナカニシヤ出版、2003年