異性愛が、個人の自然な好みではなく、女性に対して制度として課されてきたものだとする見方。詩人アドリエンヌ・リッチが1980年の論文で提示した。
リッチの問いは単純である。もし異性愛が自然な選択なら、なぜこれほど多くの力を使って維持されているのか。経済的な依存、結婚をめぐる圧力、女性同士の関係を「本物ではない」とみなす文化、そして暴力。これらが束になって、女性が女性のほうを向く可能性を、選択肢として現れる前に閉じてきた。選ばれているのではなく、他の道が塞がれている。
そのうえでリッチは、レズビアンを「例外的な少数者」として扱うことをやめようと提案した。異性愛のほうを説明の要る現象として見る。この反転が、のちのクィア理論に受け継がれていく。
似た概念にヘテロノーマティビティがあるが、力点が違う。ヘテロノーマティビティは社会全体を組み立てる規範のありようを指すのに対し、強制的異性愛はフェミニズムの文脈で、女性に何が課されてきたかを名指す語である。
近年は英語圏のオンラインで「comphet」と略され、自分の過去の恋愛感情が本当に自分のものだったのかを問い直す言葉として使われている。理論の語が、個人の記憶を読み直す道具になっている例だと言える。
→レズビアン連続体 →ヘテロノーマティビティ →レズビアン
参考文献
- アドリエンヌ・リッチ「強制的異性愛とレズビアン存在」『血、パン、詩。——アドリエンヌ・リッチ女性論』大島かおり訳、晶文社、1989年
- Adrienne Rich, “Compulsory Heterosexuality and Lesbian Existence,” Signs, Vol.5 No.4, 1980
- 菊地夏野・堀江有里・飯野由里子編『クィア・スタディーズをひらく』晃洋書房、2019年