経済成長を目標から外し、生産と消費の規模を意図的に縮小しながら、生活の質と生態系の持続可能性を確保しようとする構想。フランス語のdécroissanceを訳した語で、1970年代の経済学と生態学の議論に源流を持ち、経済学者セルジュ・ラトゥーシュらが理論化した。2000年代以降、気候危機を背景に広く参照されるようになった。

出発点にあるのは、有限な地球で無限の成長は不可能だという認識である。技術の進歩によって経済成長と環境負荷を切り離すこと——デカップリング——は、理屈のうえでは可能だとされてきた。だが、必要な速度でそれが起きている証拠は乏しい。だとすれば、成長そのものを問い直すしかない。これがこの立場の主張である。

ここで問われるのは、何を減らし、何を守るかである。脱成長論は、広告、使い捨て製品、化石燃料といった領域の縮小を求める一方で、医療、教育、公共交通、ケアといった領域はむしろ拡充すべきだと主張する。労働時間を短縮して雇用を分け合うことも、その一部である。つまり一律の縮小ではなく、配分の組み替えの構想であり、GDPを豊かさの指標とすること自体への批判を含む。

批判も強い。成長を止めたとき、最初に仕事を失うのは立場の弱い人ではないか。まだ基本的なインフラが整っていない国に、成長を諦めろと言えるのか。すでに成長が止まっている日本で語る意味はあるのか。最後の点については、成長しないまま格差が広がる現状こそ脱成長が想定する状況ではない、という応答がある。

だが最初の問いは残る。誰が減速の代償を払うのかを決めないまま縮小を進めれば、負担は下へ流れる。この批判は、そのまま気候正義の問いと重なる。何をするかと同じくらい、誰がその費用を負うかが問われている。

→気候正義 →ケアワーク →アンペイドワーク →コモン →ベーシックサービス →エコフェミニズム

参考文献

  • 斎藤幸平『人新世の「資本論」』集英社新書、2020年
  • セルジュ・ラトゥーシュ『脱成長』中野佳裕訳、白水社(文庫クセジュ)、2020年
  • ヨルゴス・カリスほか『なぜ、脱成長なのか——分断・格差・気候変動を乗り越える』上原裕美子・保科京子訳、NHK出版、2021年
  • ジェイソン・ヒッケル『資本主義の次に来る世界』野中香方子訳、東洋経済新報社、2023年

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