1970年代前半の日本で展開した女性解放運動。英語の women’s liberation を略した呼び名だが、日本語の「リブ」には独自の含みがある。
起点とされるのは1970年10月21日、国際反戦デーに合わせて東京で行われたデモである。担い手の多くは、ベトナム反戦や大学闘争に関わってきた女性たちだった。運動の内側で、ビラを刷り、飯を作り、男性の指導者を支える役回りに置かれ続けたこと——その違和感が出発点にある。
同じ時期の欧米の第二波と比べたとき、日本のリブには際立った特徴がある。女であることを否定する方向に進まなかったという点である。母性も、身体も、性愛も、切り捨てるのではなく引き受けたうえで問い直す。田中美津が「便所からの解放」で書いたのは、女が「母性」と「便所」——産む存在と性のはけ口——に分断されているという構図だった。どちらも女の全体を奪う点で同じである、と。
1972年に開設されたリブ新宿センターは、合宿や交流の拠点となった。優生保護法の改正案(経済的理由による中絶を認めない方向への改定)に対する反対運動も、この時期の大きな争点である。障害者運動との緊張をはらみながらの闘いだった。
しばしば混同されるが、ピンクのヘルメットで知られる中ピ連(中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合)は別の団体である。メディアが好んで取り上げたため、こちらがリブの代表像として広まってしまった経緯がある。
1975年の国際女性年を境に、運動の語彙は行政の「婦人問題」へ吸収されていく。制度に入ることで得たものと、失ったもの。その両方が、ここから始まっている。
→田中美津 →コンシャスネス・レイジング →個人的なことは政治的なこと →第二波フェミニズム(second-wave feminism) →青鞜(せいとう)
参考文献
- 田中美津『新装版 いのちの女たちへ——とり乱しウーマン・リブ論』(パンドラ、2016年)
- 井上輝子『日本のフェミニズム——150年の人と思想』(有斐閣、2021年)
- 溝口明代ほか編『資料 日本ウーマン・リブ史』I〜III(松香堂書店、1992-1995年)