Glossary
日本のフェミニズム運動は、長年にわたり女性の権利向上に努めてきましたが、その過程で特定のコミュニティや個人の経験や課題を十分に取り上げてこなかった側面があります。特に、沖縄の女性、アイヌ民族の女性、在日韓国・朝鮮人の女性、障害者女性、そしてトランス女性など、多様な背景を持つ女性たちの声が十分に反映されていないと指摘されています。これらの問題を理解するためには、ポストコロニアリズムとインターセクショナリティの視点が重要です。
ポストコロニアリズムとインターセクショナリティの関係
ポストコロニアリズムは、植民地主義がもたらした歴史的・社会的影響を批判的に検討し、植民地支配の遺産が現代社会にどのように残存しているかを分析する学問的枠組みです。エドワード・サイードの『オリエンタリズム』(1978)は、この分野の基礎となる研究であり、ヨーロッパ中心主義がどのようにアジアや中東を「他者化」してきたかを論じています。また、フランツ・ファノンの『地に呪われたる者』(1961)は、植民地支配の精神的影響に焦点を当てた重要な研究です。
一方、インターセクショナリティは、1989年にキンバリー・クレンショーが提唱した概念であり、個人が複数の社会的カテゴリー(例:人種、性別、階級、性的指向など)にまたがることで、複合的な差別や特権を経験することを指します。パトリシア・ヒル・コリンズの『ブラック・フェミニズム』(1990)は、黒人女性がどのようにインターセクショナルな差別を経験するかを分析し、この分野の発展に貢献しました。
歴史的な経緯と第三波フェミニズムとの関係
フェミニズムの歴史を振り返ると、第一波フェミニズムは19世紀後半から20世紀初頭にかけて、女性参政権などの法的権利の獲得に焦点を当てました。第二波フェミニズム(1960〜1980年代)は、女性の身体・労働・家庭内労働・性的自己決定権に関する議論を深めました。
第三波フェミニズム(1990年代以降)は、第二波の限界を批判し、より包括的な視点を取り入れることを目指しました。特にインターセクショナリティの概念を重視し、人種・民族・障害・性的指向・トランスジェンダーの視点を取り入れる動きが加速しました。しかし、日本のフェミニズム運動においては、これらの視点が十分に統合されてこなかったと指摘されています。
日本のフェミニズムが取りこぼしてきた視点
沖縄の女性(戦後米軍の影響と性暴力)
沖縄は長年にわたり米軍基地が集中しており、その結果、基地周辺での性暴力や人権侵害が深刻な問題となっています。しかし、本土のフェミニズム運動では、これらの問題が十分に取り上げられてこなかったと指摘されています。沖縄の女性たちは、軍事的プレゼンスと性暴力の問題を同時に経験しており、これらの課題はポストコロニアリズムとインターセクショナリティの視点から検討されるべきです。
アイヌ民族の女性(文化の抑圧と差別)
アイヌ民族は日本の先住民族であり、長年にわたり同化政策や文化的抑圧を受けてきました。特にアイヌの女性は、民族的マイノリティとしての差別と、ジェンダーに基づく差別の両方を経験しています。しかし、主流のフェミニズム運動では、アイヌ女性の独自の課題や視点が十分に考慮されてこなかったとされています。
在日韓国・朝鮮人の女性(国籍とジェンダーの二重の差別)
在日韓国・朝鮮人の女性は、民族的マイノリティとしての差別と、女性としてのジェンダー差別の両方に直面しています。さらに、コミュニティ内の男性中心主義的な文化も、女性たちの生きづらさを増幅させています。これらの複合的な差別の経験は、インターセクショナリティの視点から理解されるべきですが、主流のフェミニズム運動では十分に取り上げられていないと指摘されています。
障害者女性のフェミニズム(健常者フェミニズムが見落としてきた視点)
障害者の女性は、障害に基づく差別と性別に基づく差別の両方を経験しています。しかし、健常者中心のフェミニズム運動では、障害者女性のニーズや課題が見過ごされがちです。例えば、リプロダクティブ・ヘルス・ライツに関する問題や、福祉サービスへのアクセスの困難さなど、障害者女性特有の課題が十分に議論されていないとされています。
トランス女性のフェミニズム(TERFとの対立も含めて)
トランス女性は、性別適合手術やホルモン療法など、医療的な支援を必要とする場合がありますが、医療機関での差別や偏見に直面することがあります。また、フェミニズム内部でも、トランス女性を女性として認めない「トランス排除的ラディカルフェミニズム(TERF)」との対立が存在し、トランス女性の権利や存在が否定されることがあります。これらの問題は、ジェンダーとセクシュアリティの多様性を尊重する視点から再考されるべきです。
誰も取りこぼさないフェミニズムを目指して
インターセクショナルな視点の導入:フェミニズム運動において、性別だけでなく、人種、民族、障害、性的指向、経済的背景など、複数の社会的カテゴリーが交差する視点を取り入れることが必要です。これにより、さまざまな背景を持つ女性たちの多様な経験やニーズを理解し、フェミニズム運動の枠組みが拡張されます。
マイノリティの声を中心に据える:フェミニズム運動は、すべての女性の解放を目指すものであるべきですが、歴史的に見ても特権的な立場の女性の視点が優先されてきました。そのため、沖縄やアイヌ民族、在日女性、障害者女性、トランス女性など、これまで周縁化されてきた声を中心に据えることが求められます。
社会全体での意識改革:ジェンダー平等は女性だけの課題ではなく、社会全体の課題です。教育の現場で多様なフェミニズムの視点を取り入れることや、マスメディアにおける表象の見直しを進めることで、より包括的な社会変革が可能になります。
連帯と対話の場の創出:異なる立場の女性たちが対話し、連帯を深めるためのプラットフォームを作ることが重要です。特に、フェミニズム運動内部での対立を解消し、共通の目標に向かって協力するための議論が求められます。
こうした取り組みを進めることで、日本のフェミニズムはより包摂的で力強い運動へと進化することができるでしょう。
ZINE
ポストコロニアリズム=植民地と聞くと、海外のはなしに聞こえてしまう。インターセクショナリティも黒人レズビアンのはなしと捉えてしまうと、海の向こうの話に思えてしまう。
でも、日本にもリアルにある問題だということを記事化してみました。あなたの隣に、除外されそうな人達いますよね。自分達の社会にもある問題に気付かず、自分のマイノリティ性していて、日本人でシスジェンダーの女性であって、外国にルーツがなく、性自認や性的指向がストレートであるマジョリティであることに気がつかないとしたら、それはフェミニストとしてどうなんでしょうか?
今一度、抑圧されてるのは誰なのかを考えて見る機会になるといいなと思います。