19世紀後半から20世紀初頭にかけての、女性の法的権利を求める運動。市民革命が「人間の権利」を掲げながら、その「人間」から女性を除外していたことへの異議申し立てとして始まった。中心課題は参政権、財産権、教育と職業へのアクセスである。

思想的な先駆は、1792年のメアリ・ウルストンクラフト『女性の権利の擁護』にさかのぼる。運動としては、イギリスでサフラジェットが実力行使を辞さない形で展開し、アメリカでは1848年のセネカフォールズ会議が出発点とされる。

日本では1911年に『青鞜』が創刊された。1919年11月、平塚らいてうの呼びかけに市川房枝・奥むめおが応じて新婦人協会の設立が発表され、翌1920年3月に発会式が行われている。当時の女性は治安警察法第5条によって政治集会に参加することさえ禁じられており、その改正が最初の関門だった。1922年に第5条2項の一部改正が実現し、女性は政談演説会を傍聴し、その発起人になる権利を得た。参政権そのものの実現は1945年である。

第一波は大きな成果を残した一方で、その担い手が各国の中産階級の女性に偏り、植民地支配や人種差別と地続きだったことも指摘されている。誰の権利が「女性の権利」として語られたのか。この問いは、のちの波に引き継がれていく。

→第二波フェミニズム(second-wave feminism) →平塚らいてう →青鞜(せいとう) →市川房枝 →山川菊栄

参考文献

進藤久美子『市川房枝と「大東亜戦争」——フェミニストは戦争をどう生きたか』(法政大学出版局、2014年)

メアリ・ウルストンクラフト『女性の権利の擁護』(白井堯子訳、未來社、1980年)

米田佐代子『平塚らいてう——近代日本のデモクラシーとジェンダー』(吉川弘文館、2002年)

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