フェミニズムの内部で、トランス女性を「女性」の範囲に含めることに否定的な立場を指す。現在進行中の対立であり、呼称そのものが争点になっている。
呼称
TERF は Trans-Exclusionary Radical Feminist(トランス排除的ラディカル・フェミニスト)の頭字語で、2008年にオーストラリアの書き手ヴィヴ・スマイスが用いたのが早い例とされる。当初は、ラディカル・フェミニストのうちトランスを排除する立場とそうでない立場を区別するための記述語だった。つまり、区別が必要なほど両方が存在していたということである。
現在、この語を向けられる側の多くは蔑称と受け止めており、自らは「ジェンダークリティカル(gender critical)」と名乗る。どちらの語を使うかが、すでに立場の表明として読まれる状況にある。この項目では双方を併記する。
ひとつ記録しておくべきなのは、この頭字語が feminist で終わっていることである。つくられたときから、これはフェミニズムの外側を指す語ではなく、内側の分岐を指す語だった。
争点
論争の中心は、法的・社会的な性別区分をどの基準で運用するかにある。
ジェンダークリティカルの側は、性別は身体的な特徴によって決まるものであり、女性用の空間や競技区分、統計上の区分はその基準で維持されるべきだと主張する。女性が男性の暴力から守られてきた仕組みが弱まる、というのが主要な懸念である。
トランスの権利を擁護する側は、性自認に基づく処遇が国際的な人権基準であり、既に運用している国や施設で実務上の混乱は報告されていないと反論する。加えて、トランス女性が受けている暴力被害の高さを挙げ、排除こそが安全を損なうと主張する。
未成年への医療(思春期抑制療法など)の扱いも、独立した争点になっている。ここではエビデンスの評価そのものが分かれており、国によって政策も異なる。
対立の位置
この論争は、フェミニズムとトランスの対立ではない。フェミニズムの内部の対立であり、レズビアン・コミュニティの内部の対立でもある。
1973年の西海岸レズビアン会議では、トランス女性の演奏者を退去させるかどうかの採決で三分の二以上が残留に賛成し、少数派がそれを拒んで妨害に及んだ。1970年代末のオリビア・レコードでも、共同体はトランス女性の同僚を擁護する側に立ち、外部からの圧力に抗している。どの時期にも、双方が同じ場所にいて争ってきた。
トランス女性のなかにレズビアンがいる。レズビアンのなかにトランスを擁護する人がいる。ラディカル・フェミニストのなかにも両方がいる。集団の名前で立場を推定することは、事実として正確でない。
なお、この論争に便乗して発言する層のうち、フェミニズムそのものに敵対する立場——女性一般への敵意を掲げるもの、男性の権利回復を目的とするもの——は、ここで扱う対立とは系統が異なる。同じ主張に見えても、出所が違う。
→トランスジェンダー →レズビアンフェミニズム →ラディカル・フェミニズム(radical feminism) →本質主義・構築主義 →第四波フェミニズム(fourth-wave feminism)
参考文献
- スーザン・ストライカー『トランスジェンダーの歴史——現代アメリカのジェンダー・アイデンティティ』(本間洋平訳、明石書店、2023年)
- 千田有紀「『女』の境界線を引きなおす」(『現代思想』2020年3月号 特集・フェミニズムの現在)
- 清水晶子『フェミニズムってなんですか?』(文春新書、2022年)
- ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題——議論は正義のために』(高井ゆと里訳、明石書店、2022年)