異性愛を人間の既定値として扱い、それ以外を例外や逸脱として位置づける社会の仕組みのこと。個人の好き嫌いではなく、制度と言葉の側に組み込まれた前提を指す。
概念として広めたのは1990年代のマイケル・ウォーナーだが、下敷きにはアドリエンヌ・リッチが1980年に論じた「強制的異性愛」がある。リッチが指摘したのは、異性愛は自然に選ばれるものではなく、選ばないという選択肢を見えなくすることによって維持されている、ということだった。
この規範は、たいてい否定の形では現れない。「彼女いるの」と聞かれること。婚姻届の欄。医療現場で家族として扱われるかどうか。遺族年金や相続の要件。子どもの絵本に出てくる家族の形。どれも誰かを名指しで排除してはいないが、そこに自分が入っていないことは、当事者にはすぐ分かる。
分かりやすい指標がひとつある。**カミングアウトを必要とするのは、異性愛でない側だけである。**既定値の側にいる人は、自分の性的指向を申告する場面をほとんど持たない。既定値とは、説明しなくて済むということだ。
近年は、シスジェンダーであることを既定値とする仕組みを指す「シスノーマティビティ」という語も併用される。
異性愛を否定する概念ではない。既定値であることをやめられるか、という問いである。
→ホモフォビア(homophobia) →性的指向(sexual orientation) →同性婚 →ジェンダー規範 →特権
参考文献
菊地夏野・堀江有里・飯野由里子編『クィア・スタディーズをひらく』1〜3(晃洋書房、2019-2023年)
森山至貴『LGBTを読みとく——クィア・スタディーズ入門』(ちくま新書、2017年)
アドリエンヌ・リッチ「強制的異性愛とレズビアン存在」(『血、パン、詩。』大島かおり訳、晶文社、1989年 所収)