答えの出ない事態や、わからなさのなかに、結論や理由づけを急がずにとどまる力。詩人ジョン・キーツが1817年の手紙で、すぐれた書き手の資質として記した言葉である。20世紀には精神分析家ウィルフレッド・ビオンが、先入観をもたずに患者の話を聴く治療者の態度として取り上げた。日本では精神科医・作家の帚木蓬生の著書を機に、医療や介護の現場で知られるようになった。ケアの倫理の文脈では、英文学者の小川公代が、安易な理解を退け、相手をわかったつもりにならずに関わる姿勢として位置づけている。他者の痛みを「片づけるべき問題」として扱わず、まず聴くこと。それはケアの出発点でもある。ただし、この言葉は「耐えること」を美徳にすり替える危うさももつ。理不尽な状況にある人、とりわけケアを担わされてきた女性に、声を上げずに待てと求める理屈として使われるなら、本来の意味の転倒である。とどまる力は、とどまることを強いられない条件があってはじめて力になる。わからなさに耐えているのは誰で、その重さを誰が引き受けているのだろうか。

→ケアの倫理 →キャロル・ギリガン →感情労働 →ケア労働

参考文献

  • 帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力』2017年、朝日新聞出版(朝日選書)
  • 小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』2021年、講談社
  • W. R. Bion, Attention and Interpretation, 1970, Tavistock Publications
  • John Keats, letter to George and Tom Keats, December 1817(『キーツ書簡集』など所収)

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