政治学者。ミネソタ大学名誉教授。ニューヨーク市立大学でも長く教えた。ケアの倫理を、個人の道徳心理の話から、政治と制度の話へと押し広げた人物である。
1993年の『モラル・バウンダリーズ』で、ケアを四つの局面に分けて記述した——関心を向ける、責任を引き受ける、実際に手を動かす、そして受け取る側がそれに応じる。ケアは「やさしい気持ち」ではなく、責任の配分をめぐる政治的な過程だという整理である。のちに第五の局面として「共にケアする(caring with)」を加え、民主主義そのものをケアの観点から組み直す議論へ進んだ(『ケアするデモクラシー』2013年)。
彼女の概念でとくに効くのが「特権に守られた無責任(privileged irresponsibility)」である。ケアを免除される立場にいる人ほど、ケアが誰によってどう成り立っているかを見なくて済む。見なくて済むこと自体が特権の中身なのだ、という指摘だ。キャロル・ギリガンがケアの声を発見したとすれば、トロントはその声が誰に押しつけられてきたかを問うた。
主著『モラル・バウンダリーズ』の邦訳は2024年に刊行され、日本語での議論もこれから厚くなる段階にある。現在も各国で講演を続けている。
→ケアの倫理(ethics of care) →キャロル・ギリガン →岡野八代 →アンペイドワーク(unpaid work/無償労働) →特権
参考文献
- ジョアン・C・トロント『モラル・バウンダリーズ——ケアの倫理のための政治的議論』(岡野八代ほか訳、勁草書房、2024年)
- Joan C. Tronto, Caring Democracy: Markets, Equality, and Justice, NYU Press, 2013
- 岡野八代『ケアの倫理——フェミニズムの政治思想』(岩波新書、2024年)