星詠 Glossary
男性学は、男性性を固定的な生得的属性ではなく、社会的・文化的・歴史的な文脈の中で構築される複雑な現象として捉え直す学問領域です。そのため、研究の視点やアプローチも多岐にわたっており、一方では男性性がもたらす加害性に注目し、他方では男性自身が厳しい性役割に縛られて抑圧される側面に焦点を当てるといった二面性が存在します。
男性学のアプローチ：加害性と被抑圧性
男性の加害性に注目する視点
フェミニズムとの連動のもと、伝統的なジェンダー規範や理想化された男性性（ヘゲモニックな男性性）が、暴力や支配といった形で女性やその他のマイノリティに不平等な関係を強いる側面が分析されます。
男性自身の抑圧に注目する視点
一方で、同じ社会構造の中で男性もまた、固定された「理想的な男性像」に従うことを強制され、感情表現や自己実現の自由が制約されるなどの抑圧を受けているという側面も取り上げられます。これにより、男性が抱える内面的な葛藤や矛盾が明らかにされます。
CSMM（Critical Studies of Masculinities）の視点
CSMMは、男性性を本質的なものとしてではなく、歴史的・社会的なプロセスの産物として捉えます。主な特徴は以下の通りです。
- 社会的構築性の強調
男性性は固定された性質ではなく、文化や歴史、社会的文脈の中で絶えず再構成されるものと考えます。 - 交差性の分析
人種、階級、セクシュアリティなど他の社会的カテゴリーと絡み合いながら、男性性がどのように多様な形で表現されるのかを探求します。 - 従来の固定観念への挑戦
一枚岩的な「男性像」を問い直し、より柔軟で多面的な男性性の理解を目指す点が特徴です。
ヘゲモニックな男性性の特徴
ヘゲモニックな男性性は、社会的に理想化された支配的な男性像を示します。具体的には：
- 理想像としての機能
暴力性、支配性、競争心、経済的成功などが重視され、これらの特性が理想的な男性性として称賛されます。 - 権力関係の再生産
この理想像は、男女間や男性間における権力関係を正当化し、従来の性別役割の維持に寄与します。 - 変動性と批判の対象
ヘゲモニックな男性性は固定的なものではなく、時代や文化、社会変革の影響を受けながら、その内容や価値観が変わっていくため、常に再評価が求められています。 - スーツがもつ象徴
スーツはしばしばヘゲモニックな男性性を象徴する一例として取り上げられます。スーツは、権威、専門性、成功、そして規律といった社会的な価値観を体現しているため、理想的な男性像の一部として認識されることが多いです。
ただし、ヘゲモニックな男性性は服装だけで決まるものではなく、行動、態度、言動、さらには社会的な役割や地位など、複合的な要素によって構成されています。つまり、スーツを着ている男性が必ずしもすべてヘゲモニックな男性性を体現しているわけではなく、その象徴性はあくまで一側面に過ぎません。
また、時代や文化の変化とともに、ヘゲモニックな男性性の表現も多様化してきています。今日では、従来のスーツ姿に限定せず、さまざまな服装やスタイルが新たな男性性の表現として注目されるようになっており、従来の枠組みに挑戦する動きも見られます。
まとめると、スーツはヘゲモニックな男性性の象徴として重要な役割を果たしていますが、全体像を理解するには服装以外の多くの要因—行動、態度、社会的背景など—を同時に考慮する必要がある、ということになります。
結論
男性学は、男性性に内在する加害性と被抑圧性という二面性を統合的に理解するための学問です。
- CSMMは、男性性を社会的・文化的な文脈の中で再構築し、固定観念に挑戦する視点を提供します。
- ヘゲモニックな男性性は、理想的かつ支配的な男性像として機能し、同時にその理想像が男性自身に厳しい制約を課す矛盾を内包しています。
このような多角的な視点の融合により、男性学はジェンダーに根ざす不平等や権力関係の根本的な再考を促し、より多様で包摂的な社会の実現に貢献することを目指しています。