法学者。アメリカ・オハイオ州生まれ。UCLA法科大学院およびコロンビア大学法科大学院教授。インターセクショナリティ(交差性)という概念の提唱者であり、批判的人種理論(CRT)の形成にも中心的に関わった。

インターセクショナリティが生まれたのは、1989年の一本の論文である。クレンショーが取り上げたのは、黒人女性たちが自動車会社を相手取った雇用差別訴訟だった。裁判所はこう判断した。この会社は黒人(男性)を雇用しているから人種差別はない。女性(白人)も雇用しているから性差別もない。したがって差別は存在しない——。だが原告たちは、黒人でありかつ女性であるという位置において、確かに排除されていた。

法の枠組みが、この経験を受け止められなかった。人種差別か性差別か、どちらか一方の箱に入れなければ訴えとして成立しない。クレンショーはこれを交差点の比喩で説明する。四方から車が来る交差点で事故に遭ったとき、どの方向から来た車が原因かを一つに決められなければ、補償が受けられない。差別が複数の方向から同時に来る人は、法の外側に落ちる。

1991年の論文では、この分析をドメスティック・バイオレンスの支援現場に広げた。移民女性が支援を求めにくい構造、有色人種の女性への暴力が報道されにくい構造——制度の設計そのものが、誰を想定して作られているかを問うている。

2014年からは、警察の暴力で命を落とした黒人女性の名を可視化する#SayHerNameキャンペーンを主導。ポッドキャストや講演を通じた発信も続けており、2026年5月には回想録『Backtalker』を刊行した。近年のアメリカでは批判的人種理論そのものが政治的攻撃の的となっており、その渦中に立ち続けている人物でもある。

インターセクショナリティは、いまでは「多様な属性を考慮する」という穏当な意味で使われることも多い。だが出発点は、制度が誰かを取りこぼす構造への告発だった。この鋭さは、どこまで保たれているだろうか。

→インターセクショナリティ入門:理論・歴史・事例を考える →インターセクショナルフェミニズム →特権 →日本のフェミニズム運動におけるポストコロニアリズムとインターセクショナリティ

参考文献

  • Kimberlé Crenshaw, “Demarginalizing the Intersection of Race and Sex”, University of Chicago Legal Forum, 1989
  • Kimberlé Crenshaw, “Mapping the Margins: Intersectionality, Identity Politics, and Violence against Women of Color”, Stanford Law Review 43(6), 1991
  • African American Policy Forum https://www.aapf.org/about

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