政治哲学者。ニューヨーク市立大学大学院センターで博士号を取得し、ニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチ教授。批判理論の系譜に立ちながら、フェミニズムと資本主義の関係を問い続けてきた。
よく知られているのが、正義を「再配分」と「承認」の二つの軸で捉える枠組みである。経済的な不平等の是正と、文化的・アイデンティティ上の承認は、どちらか一方では足りず、しばしば互いを掘り崩す。この整理は1990年代以降の正義論の基本的な見取り図になった。
もう一つ、彼女の議論で鋭いのが「進歩的ネオリベラリズム」への批判である。ガラスの天井を破ること、多様性を推進すること——それ自体は正しいはずの目標が、市場の論理と結びついたとき、フェミニズムは資本主義を正当化する語彙として使われてしまう。少数の女性が上昇するために、多くの女性が低賃金のケア労働を担う構図がそれだ。2019年の『99%のためのフェミニズム宣言』は、この批判を運動の言葉に翻訳したものである。
近年は、ケアの危機を「社会的再生産の危機」として捉え直している。資本主義は人を育て支える営みに依存しながら、その営みに対価を払わず、結果として自分の土台を食い潰す。2023年には『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』が邦訳された。
誰かの解放が、別の誰かの負担の上に立っていないか。この問いから逃げないための道具立てである。
→リベラル・フェミニズム(liberal feminism) →アンペイドワーク(unpaid work/無償労働) →ケアの倫理(ethics of care) →マルクス主義フェミニズム/社会主義フェミニズム
参考文献
- ナンシー・フレイザー『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』(江口泰子訳、筑摩書房、2023年)
- シンジア・アルッザ、ティティ・バタチャーリャ、ナンシー・フレイザー『99%のためのフェミニズム宣言』(惠愛由訳、菊地夏野解説、人文書院、2020年)
- ナンシー・フレイザー『正義の秤——グローバル化する世界で政治空間を再想像すること』(向山恭一訳、法政大学出版局、2013年)