Glossary
インターセクショナリティ(Intersectionality)は、個人のアイデンティティが複数の社会的カテゴリー(性別、人種、クラスなど)に交差し、それにより経験する差別や特権が重複、相互作用する考え方です。この理論は、社会の不平等は単一のカテゴリーでは理解できず、多元的な視点が必要であることを示しています。
インターセクショナリティ(交差性、交差的視点)とは、社会的不平等や差別が複数の要因によって構造的に絡み合いながら作用することを示す概念です。この視点を通じて、人々の経験を単一のアイデンティティや抑圧の軸だけで説明するのではなく、複数の要因が交差し、相互に影響を与えながら不平等を生み出していることを理解します。
たとえば、女性が性差別を受けることは広く知られていますが、その経験は人種や階級、性的指向、障害の有無などの要因によって異なります。つまり、黒人女性の差別のされ方と白人女性の差別のされ方は異なり、同じ「女性」というカテゴリーに属していても経験は一様ではありません。
歴史的背景
1. キンバリー・クレンショーと「インターセクショナリティ」の誕生
インターセクショナリティという概念を提唱したのは、1989年に発表されたアメリカの法学者キンバリー・クレンショー(Kimberlé Crenshaw)の論文です。
彼女は、黒人女性の労働環境における差別をめぐる裁判を分析し、既存の法制度が「人種差別」と「性差別」をそれぞれ別の問題としてしか捉えていないことに気付きました。彼女が指摘したのは、「黒人女性は、白人女性と同じ性差別を経験するだけでなく、黒人男性と同じ人種差別も経験する。しかし、その両者の重なりからくる独自の差別には、既存の法律が対応していない」ということでした。
この問題を理論化し、「異なる抑圧の形態が交差(intersect)しながら作用する」ことを示すために、彼女は「インターセクショナリティ(Intersectionality)」という概念を提唱しました。
2. インターセクショナリティの前史
クレンショーの概念が登場する前にも、交差する抑圧を論じる動きは存在していました。特に、ブラック・フェミニズム(Black Feminism)の伝統の中で、黒人女性たちは「白人フェミニズムと黒人男性中心の公民権運動のどちらにも居場所がない」と感じていました。
- ソジャーナ・トゥルース(Sojourner Truth) – 1851年の「Ain’t I a Woman?(私は女ではないの?)」という有名なスピーチで、黒人女性が白人女性とは異なる形で抑圧を受けていることを訴えた。
- アンナ・ジュリア・クーパー(Anna Julia Cooper) – 19世紀末の黒人フェミニストで、黒人女性が社会変革において重要な役割を果たすべきだと論じた。
- Combahee River Collective(コンバヒー・リバー・コレクティブ) – 1970年代の黒人フェミニストによるグループ。人種・ジェンダー・階級が交差する抑圧に注目し、「白人女性のフェミニズムは黒人女性の経験を反映していない」と批判した。
クレンショーの理論は、こうした歴史的なフェミニストの主張を理論化し、学術的な場でも活用できる形にしたものと言えます。
インターセクショナリティの具体的な事例:3つのケース
インターセクショナリティは、多様な背景の中で異なる形で現れます。ここでは、以下の3つの具体的な事例を紹介します。
- 日本におけるトランスジェンダー女性の労働差別
- 移民女性とDV(ドメスティック・バイオレンス)
- LGBTQ+の黒人女性に対する多重差別
1. 日本におけるトランスジェンダー女性の労働差別
概要
日本では、トランスジェンダー女性(特に元男性)が就職や職場で差別を受けることが多く、その差別の性質は「性別(ジェンダー)」と「トランスジェンダーであること」の両方に根ざしています。
具体的な差別の例
- 「女性として扱われない」
- 書類上の性別変更をしていない場合、トイレや更衣室の使用を制限される。
- 女性として振る舞うことに対して職場でハラスメントを受ける。
- 「女性として扱われるが、女性としての性差別を受ける」
- 女性として雇用されるが、賃金が低く、昇進の機会が少ない。
- 企業の男女比調整のために「女性枠」に入れられるが、同時に女性差別を受ける。
- 「トランスジェンダーであることが理由で採用されない」
- トランスジェンダーであることをカミングアウトした途端、面接が通らなくなる。
- 企業文化の「男らしさ」「女らしさ」に合わないとして排除される。
背景にある構造的な問題
- 日本の性同一性障害特例法(2004年施行)により、戸籍上の性別変更には「生殖機能の喪失」が必要とされるため、多くのトランスジェンダー女性が法的な性別変更を行えない。
- 日本の労働市場はジェンダーによる分業が顕著であり、「男らしさ」「女らしさ」に合わない人は弾かれやすい。
- 女性の労働環境そのものが悪く、特に女性労働者の非正規雇用率が高いため、トランス女性もこの不安定な雇用環境に組み込まれる。
インターセクショナリティの視点
- 「トランスジェンダー」という理由での差別と、「女性であること」による差別が交差している。
- トランス女性が、男性として扱われる場面と、女性として差別される場面の両方が存在する。
- 日本特有のジェンダー規範(企業文化、戸籍制度)が差別を強化している。
2. 移民女性とDV(ドメスティック・バイオレンス)
概要
日本では移民女性が増加しているが、彼女たちが家庭内暴力(DV)に直面したとき、支援を受けることが難しいという問題がある。
具体的な問題点
- DV支援施設にアクセスできない
- 日本語が話せず、支援窓口の情報が届かない。
- 相談員が外国人女性の特有の状況を理解していない(例えば、配偶者ビザの問題)。
- 在留資格を盾にした暴力
- 日本人男性と結婚し、「配偶者ビザ」で滞在している場合、離婚するとビザが失効する可能性がある。
- 加害者が「離婚したら日本にいられなくなるぞ」と脅迫するケースが多い。
- 経済的依存
- 日本で働く機会が少なく、経済的に夫に依存せざるを得ない。
- パートナーに経済的な支配を受けることで、DVから逃げられない。
背景にある構造的な問題
- 日本の移民政策は厳しく、特に女性移民は家族滞在の形で入国するケースが多い。
- DV被害者支援施設(シェルター)は多文化対応が進んでおらず、日本語が話せない女性は支援を受けにくい。
- 日本社会において「外国人女性=依存的な立場」と見なされることが多く、自己決定権が弱い。
インターセクショナリティの視点
- 「ジェンダー」による抑圧(DV)と「移民」という立場による差別が交差することで、支援のアクセスがより困難になっている。
- 移民女性の中でも、特にアジア・アフリカ出身の女性は、ステレオタイプや偏見の影響を受けやすい。
- 法制度の不備が、DVから逃れることをさらに困難にしている。
3. LGBTQ+の黒人女性に対する多重差別
概要
アメリカにおいて、黒人女性は「人種差別」と「ジェンダー差別」を同時に経験するが、LGBTQ+である場合、それに「セクシュアリティ差別」も加わり、より複雑な抑圧の構造が生まれる。
具体的な差別の例
- 「ブラック・フェミニズム」との緊張関係
- 黒人女性の運動では、「伝統的な家族観を守るべき」という価値観が強く、LGBTQ+女性が排除されることがある。
- LGBTQ+コミュニティ内での人種差別
- LGBTQ+のイベントや活動の中でも、白人ゲイ男性中心の文化が強く、黒人女性が居場所を見つけにくい。
- 警察による暴力
- 黒人女性(特にトランス女性)は、警察に職業差別(売春を疑われるなど)されやすい。
背景にある構造的な問題
- アメリカのLGBTQ+運動は、白人中心に展開されることが多く、黒人女性の問題が後回しにされる傾向がある。
- 司法・警察制度が黒人に対して厳しく運用されるため、トランス女性やレズビアン女性が不当な扱いを受けやすい。
まとめ
インターセクショナリティの視点を持つことで、単一の抑圧だけでなく、多層的な差別がどのように組み合わさっているかを理解できます。これを踏まえて、さらにどの視点を掘り下げるべきか、考えていきましょう。
ZINE
第三波フェミニズムの主要なキーワードがインターセクショナリティだと思う。自分達だけが抑圧されてきたと思っていた白人女性に対して、多様な女性があなたたちも抑圧側ではないかと異議申し立てをしたのだとおもう。インターセクショナリティは日本語で交差性と訳されるが、交差性は交差点に似ている。マイノリティの属性が道だと思えば、交差点に交差する道が多いほど、事故にあう可能性が高い。これが複合マイノリティの特性だとおもう。外国籍で、肌の色がことなり、障がいがあり、貧困状態にあり、性的マイノリティである人は、交差している道が何本にもなってしまい、それだけ社会から疎外される。
わたしたちはそのような交差点に立っているひとと、連帯して生きていけるか、わたしたちに問われてるとおもう。友と3人で考えたコピーを最後に記そう。
「交わる違い、響き合う私」