日本語では「女性嫌悪」と訳されてきたが、近年その理解は大きく更新されている。哲学者ケイト・マンは、ミソジニーを個々の男性が抱く感情ではなく、家父長制の秩序を維持するための執行装置として捉え直した。

マンの整理では、性差別(セクシズム)が「女性はこうあるべきだ」という信念を正当化する理屈だとすれば、ミソジニーはその秩序から外れた女性を罰する働きである。だからミソジニーは、女性を憎んでいない人によっても実行されうる。むしろ「よい女性」は称賛され、期待されたケアや従順さを与えない女性が制裁される、という非対称の形をとる。

この見方は、社会現象の説明力を持つ。女性政治家への集中攻撃、性暴力被害者の証言が疑われること、育児や介護を引き受けない女性への非難。いずれも「嫌悪」では説明しきれないが、「秩序の執行」と見れば筋が通る。

日本では上野千鶴子が、ホモソーシャルな男性集団の結束がミソジニーを必要とする構造を論じている。

→ セクシズム/ホモソーシャル/家父長制/特権

参考文献

日本語では「女性嫌悪」と訳されてきたが、近年その理解は大きく更新されている。哲学者ケイト・マンは、ミソジニーを個々の男性が抱く感情ではなく、家父長制の秩序を維持するための執行装置として捉え直した。

マンの整理では、性差別(セクシズム)が「女性はこうあるべきだ」という信念を正当化する理屈だとすれば、ミソジニーはその秩序から外れた女性を罰する働きである。だからミソジニーは、女性を憎んでいない人によっても実行されうる。むしろ「よい女性」は称賛され、期待されたケアや従順さを与えない女性が制裁される、という非対称の形をとる。

この見方は、社会現象の説明力を持つ。女性政治家への集中攻撃、性暴力被害者の証言が疑われること、育児や介護を引き受けない女性への非難。いずれも「嫌悪」では説明しきれないが、「秩序の執行」と見れば筋が通る。

日本では上野千鶴子が、ホモソーシャルな男性集団の結束がミソジニーを必要とする構造を論じている。

→ セクシズム/ホモソーシャル/家父長制/特権

参考文献

  • ケイト・マン『ひれふせ、女たち ミソジニーの論理』小川芳範訳、慶應義塾大学出版会、2019年
  • 上野千鶴子『女ぎらい ニッポンのミソジニー』紀伊國屋書店、2010年(朝日文庫、2018年)
  • イヴ・K・セジウィック『男同士の絆 イギリス文学とホモソーシャルな欲望』上原早苗・亀澤美由紀訳、名古屋大学出版会、2001年

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