男性であることを、当たり前の基準ではなく、分析すべき対象として扱う研究領域。
前提としてまず押さえたいのは、男性学はフェミニズムへの対抗として生まれたのではないということである。むしろフェミニズムが「女性」を問うたことによって初めて、「男性」もまた作られた区分であることが見えるようになった。長いあいだ、男性は性別を持たない中立の人間として扱われ、だからこそ研究の対象にならなかった。
日本では1990年代に、伊藤公雄らを中心に議論が立ち上がり、メンズリブと呼ばれる実践とも結びついた。扱われてきたのは、長時間労働と企業社会、父親であることの困難、感情を語る言葉の少なさ、男性の自死率の高さ、そして男性から男性への暴力といった主題である。
近い時期に出てきた語と混同されやすいので、区別しておくとよい。マスキュリズムやメンズライツ運動は、フェミニズムによって男性が不当に扱われているという主張を軸にしており、男性学とは前提が異なる。男性学は、男性の生きづらさを家父長制の副作用として読む。前者は、それをフェミニズムの結果として読む。同じ「男性のつらさ」を出発点にしながら、行き先は正反対である。
「男もつらい」で話を終えないこと。そこから先に進めるかどうかが、この領域の値打ちを決める。
→有害な男らしさ(toxic masculinity) →マスキュリズム →メンズライツ運動 →弱者男性 →家父長制(patriarchy)
参考文献
- 伊藤公雄『男性学入門』(作品社、1996年)
- 多賀太『男らしさの社会学——揺らぐ男のライフコース』(世界思想社、2006年)
- 田中俊之『男性学の新展開』(青弓社、2009年)