特定の集団が、社会のしくみによって継続的に不利な位置に置かれること。個人の悪意による嫌がらせとは区別される。加害者が特定できなくても、制度と慣習が回るだけで再生産されるところに、この語の要点がある。
整理としてよく参照されるのが、政治哲学者アイリス・マリオン・ヤングが1990年に示した「抑圧の五つの顔」である。
搾取——ある集団の労働の成果が、恒常的に別の集団へ移転していく。家事や育児を無償で担うことが典型である。 周縁化——労働の場から排除され、社会の役に立つ機会そのものを与えられない。 無力化——決定に加われず、専門性を認められず、敬意を払われない立場に置かれる。 文化帝国主義——支配的な集団のものの見方が「普通」とされ、自分たちの経験が異質なものとして描かれる。 暴力——その集団に属するというだけで、暴力にさらされる可能性を日常的に抱える。
この五つが有用なのは、抑圧が一つの形をとらないと示している点である。ある集団が周縁化されていなくても無力化されていることはあるし、文化的には称賛されながら暴力にさらされていることもある。だから「どちらがより抑圧されているか」を比べる議論は、たいてい噛み合わない。
抑圧は、誰かが握っている力ではなく、誰も握らないまま働き続ける力である。だからこそ、止めるには誰かが意識して手を入れるしかない。
→特権 →家父長制(patriarchy) →インターセクショナリティ(intersectionality) →アンペイドワーク(unpaid work/無償労働) →性差別(sexism)
参考文献
- アイリス・マリオン・ヤング『正義と差異の政治』(飯田文雄ほか監訳、法政大学出版局、2020年)
- 岡野八代『フェミニズムの政治学——ケアの倫理をグローバル社会へ』(みすず書房、2012年)