ある集団に属する人びとに、一律に当てはめられる固定的なイメージ。この語を社会科学の語彙にしたのはジャーナリストのウォルター・リップマンで、1922年の『世論』において、人が世界を直接ではなく「頭の中の映像」を通して見ていることを論じた。
ステレオタイプは、認知の省力化として働く。目の前の一人ひとりを一から理解するのは負担が大きいため、私たちは categories を使って処理する。つまりこれは、悪意のある人だけが持つものではない。誰の頭の中にもあり、だからこそ厄介である。
ジェンダーの文脈では、二つの層を区別すると見通しがよくなる。ひとつは「女性はこうである」という記述の層。もうひとつは「女性はこうあるべきだ」という規範の層である。後者からの逸脱には制裁が伴う。感じよく振る舞わない女性が実際以上に冷たいと評価されたり、有能さを示した女性が人柄を否定されたりするのは、この層が働いているからだ。「女性は優しい」といった一見肯定的なイメージも、同じ仕組みの上にある。
もうひとつ知られているのが、ステレオタイプ脅威と呼ばれる現象である。自分の属する集団に否定的なイメージが向けられていると意識させられただけで、実際の成績が下がる。能力の差だと説明されてきたものの一部が、環境の効果だったことを示す研究として蓄積が重ねられてきた。
ステレオタイプが「内容」だとすれば、それが無自覚に判断へ作用する働きがアンコンシャス・バイアスである。二つは別の語だが、実務では地続きに扱われる。
自分の中のイメージを消すことはできない。では、消せないものを持ったまま、判断を誤らないためには何が要るのだろうか。
→アンコンシャスバイアス(unconscious bias) →ジェンダーバイアス(gender bias) →ジェンダー規範 →好意的差別主義 →ミソジニーの構造性
参考文献
- ウォルター・リップマン『世論』上・下、掛川トミ子訳、岩波文庫、1987年(原著1922年)
- クロード・スティール『ステレオタイプの科学——「社会の刷り込み」は成果にどう影響し、わたしたちは何ができるのか』藤原朝子訳、英治出版、2020年(原著2010年)