1898年に施行された明治民法の親族編・相続編が定めた家族制度。「家」を法律上の単位とし、その長である戸主に強い権限を与えた。戸主は家族の居所を指定でき、婚姻や養子縁組に同意を与える権限を持った。家の財産と地位は家督相続によって長男が単独で承継した。妻は「無能力者」として扱われ、財産の処分などに夫の許可を必要とした。姦通罪が妻にのみ適用されたのも、この体系の一部である。

この「家」は、日本古来の慣習をそのまま写したものではない。江戸期の武士層の家をモデルに、明治国家が全国へ押し広げた制度である。同時に、天皇を家父長とし国民をその臣民=家族とみなす家族国家観と結びつき、統治の枠組みとしても働いた。

1947年の民法改正で家制度は廃止され、日本国憲法24条のもとで、個人と夫婦を単位とする家族法へ組み替えられた。ただし夫婦同氏、戸籍の編製、祭祀財産の承継といった形で、骨格の一部は現在の法にも残っている。法から消えた制度が、なぜ意識や慣習には残り続けるのだろうか。

→日本国憲法24条 →戸籍制度・戸籍法 →近代家族 →イエ

参考文献

  • 川島武宜『イデオロギーとしての家族制度』岩波書店、1957年
  • 牟田和恵『戦略としての家族——近代日本の国民国家形成と女性』新曜社、1996年

この記事を書いた人